2011年4月5日火曜日

「死にざま」について

これについて触れない訳にはいかない。
私が東京から秋田に帰ってくるきっかけにもなったので。

昨年1129日、私の父が亡くなりました。
病気を患っていたとはいえ、突然でした。

東京にて、前の会社の後輩の結婚披露宴に出席していました。父が容態が悪いと聞いていたものの、死ぬほどとは思っていなかったので披露宴に出席した後、東京から秋田への新幹線に飛び乗りました。
新幹線は満席で東京から秋田まで新幹線ずっと立ったまま。でも、それほどまでにして駆けつけてよかった。

父の顔を見て2時間半後、父は亡くなりました。
激痛の中、「帰ってきたよ!」という私の言葉を聞いてにっこり笑ってくれました。そして「痛いけどがんばろうね」という私の言葉に大きくうなずいていたのに、父は亡くなってしまいました。

本当に、あっさりと。
東京に戻り、考えないように、どっかに単身赴任してると思い込もうとしていました。

そして、その1ヶ月後、大学時代からの親友であり、兄貴のように思っていた友人が亡くなりました。
20年来の友人です。
乗福寺の中泉くんです。40歳という若さで。
亡くなる1カ月前、お坊さんになった中泉くんから、「一生の考え方について最近思うんだよね。」と聞いて命に向きあう仕事の人は違うなぁと頼もしく思っていました。

しかし朝、秋田の母から電話で、死亡広告が出ているけど・・・と。理解できず、携帯を見ると、亡くなった日にメールをもらって、その後私はメールの返信をしていました。
秋田でオーガニック野菜のイベントをしていたということを聞いていたので、秋田の珍しい野菜はないかな?というメールをしていて、東京で面白い野菜を見つけたので、お土産に買って帰るけど・・・というメールをしたのに返信がなくて、忙しいのかな?と思っていた時期でした。
まさかその間に死んでいたとは・・・

仕事のプロとしてあってはいけないのですが、この日ばかりは仕事中でも涙が止まりませんでした。
心臓の発作でのほぼ同い年の突然の死。
父の死と、友人の死。
理解に苦しみました。なんで死なないといけないのか?

そして今、地震や津波による死者の数。
なぜ突然命を奪われないといけないのか?

高校生の時、講演会でお話を聞いたハードボイルド作家の北方謙三さんが「いかに死すべきか?死にざまを書きたい」という話をされていました。
「死にざま」という言葉を聞いて以来、私は今死んだらどうだろう?と月に1回、問いをしてきました。
「部屋を片付けていないからまだ死ねない。」
「死ぬ時はきちんと死にたい。だからまだ死ねない。」
そんないろんな理由をつけては生き続ける理由を見つけて気がします。
誰かを助けるために命を落とした人、何かを守ろうとして命を落とした人。そんな話を聞くと、やりきれない気持ちになります。
でも、何かを守ろうとして去っていった人の気持ちを大切に抱き続け、前向きに、辛くても生きないとと思います。