2013年10月13日日曜日

地方で働くということ

市議会議員の仕事をはじめ3年目となりました。最近、道路や街灯、ごみ集積所の件など地域に密着したお仕事や、固定事案が増え、いささか秋田の将来展望へ思考が袋小路に入りかけていました。
そこで「秋田で政治家になる」と腹をくくった東京にて、いろいろな政治家のお話しをお聞きし、相談をさせていただいてきました。

「秋田の皆さんは、秋田を思って帰ってきた人への期待が大きいのでは」との言葉をいただき、選挙の時、「帰ってきてくれてありがとう」と手を握って言ってくれたおばあさんの言葉を思い出しました。その期待に少しでも応えるよう、前進あるのみです。



私は東京で勤めていた時、日本橋に住んでいました。社会人一年目に銀行の東京支店に配属になり、日本橋勤務となったため、土地勘があり親しみがあったからです。ラーメン屋さんのおばさんが、未だに「北都のねえちゃん」と私を呼んでくれたり、しばらく顔を出さないと怒られるお店もあります。

先日、東京に行った時、電車の乗り継ぎで通りかかった時も顔を出してきました。そしてその時ふと目に留まったものがあります。

日本橋の交差点近く、写真の中央に緑で覆われたビル。人材派遣のパソナです。

ビルで野菜を育て社食で提供したり、「水辺のロビー」があったりする以前より注目のビルです。しかし、私はこのビルの前をとおる度、違和感を感じていました。人工的でひとけの無いビル。どうなっているんだろう?という気持ち。そして今回もやはり違和感を感じました。

パソナと言えば、企業家の南部靖之社長。私も何度かお会いさせていただきましたが、主婦やフリーターなどに職場を提供したいという思いがとても強い方です。そして、大潟村をはじめ、都会から地方へ農業就労者を移住させることや、秋田食彩プロデュースへの共同出資など秋田ともかかわりが深い方です。石川好氏が美短の学長をされていた時、南部社長とご一緒にいらしたような気がするので、石川先生のご縁だったのでしょうか?

また、秋田食彩プロデュースのきっかけ、JR東日本×北都銀行は菅官房長官の紹介だったんですね。先ほど検索で発見しました。

首都圏と秋田の協働が今後益々必要になると思うし、その橋渡しをする人を育てることが重要だと思います。

さて、少し話がそれましたが、パソナの日本橋ビル。パソナグループの本部が入っているようですが、東洋経済に気になる内容がありました。大手企業の追い出し部屋のようになっているということ。

仕事は「自分の転職先を探すこと」。ここに出向するのだそう。もし、転職しようか迷っている人なら願ってもないこと。給料をもらいながら転職活動に集中できる。しかし、家庭の事情やビジネススキルの点で転職が難しい場合が多いのではないでしょうか。

想像するに、企業のニーズに対応してこのようなビジネス部門をパソナは立ち上げたのかもしれませんが、現状が労働者に喜ばれるサービスとは思っていないはずです。もし転職先を必ず見つけるよう企業から指示がでたら、地方での農業体験を加速するかもしれません。

地方にとってみれば・・・いやいやながら来ていただいてもお互い悲劇です。

日本橋の緑のビル。なんとなく違和感を感じたのは、理想と現実の乖離なのかもしれません。

地方で働くためには、その土地への魅力を自分自身で感じていないと難しいと思います。東京からむりやり秋田につれてくることはあってはなりません。まずは秋田に帰った人が秋田で次に秋田に帰りたい人のためにがんばらないとと、そのビルを見て思いました。

私は秋田で働いていた時、秋田の良さがどこなのか見えなくなっていました。しかし、東京で働いていると良さと、残念さが多く見えてきました。

秋田で秋田の良さを感じるには、東京のようにがむしゃらに仕事ではなく、仕事プラス地域や郷土とともに生活する良さを満喫することだと思います。


私が議員になって初めての一般質問でこう述べています。

私は、企業というものは従業員がやりがいを持って元気に働いていてからこそ、成長し、安定するものと信じています。ましてこれからの時代、公務員も議員も世の中の動きに合わせた給与、報酬に変えていかなければなりません。
給与も減って、心身共にすり減らした状況では良い行政を維持することなど到底考えられません。
心も体も元気で、やりがいを持ち、残業をしないで家路につき、地域との時間を持つ。そんな職員の生活から、アイディアがわき、職員からのボトムアップによって支えられる。そんな状況が、秋田市を企業に例えるなら、安定した企業となり、もし社長が頻繁に変わったとしても安定して継続的に成長できるのではと考えます。

私は、まずは秋田市役所の職員が成功事例となるような「地元満喫の職業人集団」にしたいと思っています。