2015年1月19日月曜日

「正岡子規と石井露月」人のつながりを観光へ

石井露月生誕140年記念
2年ほど前、石井露月生誕140年記念で、子規記念博物館館長の竹田氏の講演がありました。
その時の感想を私はフェイスブックに「いやぁ、面白かった!正岡子規と石井露月の関係にホロリとしました。」と書いていました。

正岡子規は「柿くえば・・・」の名句で有名な俳人。石井露月は雄和出身で正岡子規とともに俳句雑誌「ホトトギス」などを手掛けるも、惜しまれつつ秋田に帰り、医者や村議として地域に尽くした俳人。

竹田館長の講演が私には鮮烈で、講師控室に押しかけて竹田館長と名刺交換をさせてもらいました。
そしていろいろな話で盛り上がりました。

「正岡子規の直筆本を博物館で買うために議会を通すのが大変だった」話。
松山市民の文化に対する地域の盛り上がり方。
「正岡子規と石井露月」を架け橋として、文化交流で松山と秋田を文化で巡るなんてことができないか。例えば、石井露月が足を水につけた時、郷里の川を思い出した。という俳句があるが、その句の題材になった川に子規記念博物館に来た方が次は秋田のその川に行ってみたいと思わせるような展示をする。

話は尽きませんでした。

昨年7月、松山市を訪れた時、子規記念博物館に行くことができました。子規の隣に露月が座っている絵もしっかり展示されていました。ホトトギスの挿絵を描いていた平福百穂も秋田、角館の出身なので人物つながりで地域おこしができないものか考えながら記念博物館を見て回りました。

石井露月について雄和の議員に話を聞くと、「檀上で倒れて亡くなった議員さん」と子どもの時の印象だったけど、俳句などですごい人だったんだと後で知ったなど、実際に身近にいた人物だということが感じられます。

調べ進むととても興味深く、石井露月が俳句ではなく、童話を書いていたら、宮沢賢治のようにもっと有名になっていたかもしれないと思うようになりました。

雄和を中心として、石井露月を研究し、広めたいと活動されている方々が秋田にたくさんいますが、なかなか大きなうねりとはならない。

これは小説にでもならないと難しいのだろうか?
時間があったら私が書くんだけどな。

なんて思っておりますが、まずは少しでも固い俳句を柔らかくするために、朗読と音楽で正岡子規と石井露月を取り上げようと企画してみました。

朗読と音楽のつどい
「正岡子規と石井露月」
1月25日(日)1:30~3:30
秋田市立中央図書館明徳館2階

チラシにポスター、プログラム、台本、映像まで手掛けてしまいましたので、随分と手間をかけました。
少しでも石井露月氏の興味深い人生を知ってもらい、さらに大きな盛り上がりとなり、松山と秋田をつなぐきっかけになる火種になれば嬉しいと思っています。
お時間ありましたらぜひお出でください。
当日、私はナレーションを担当します。